一人、かつてのビジネスマンがいます。
51歳(ふつう日本では定年を4年後にひかえた年齢である)の彼は小作農の息子で、戦前はモーターその他の電気機器を作る大きな会社を経営していました。
そして今、彼はラジオなどの音響機器を生産する計画を立てているところでした。
その名は松下幸之助、彼に広く鳴り響く前途があるとは思えませんでした。
エレクトロニクスに関しては素人の二人の青年がいました。
日本海軍の研究プロジェクトから解放されたばかりで、資本らしいものといえば古ぼけたダットサン・トラック一台だけだったのです。